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執筆者の写真Chika Utsunomiya

仁風飛以樹恵

中北久美子さん、町屋塾に関わっている人は、彼女が着物を着てお茶のお稽古をしたり、女川祭で踊ったり、、そうかと思えば颯爽と胴長を着て川に入ったりしている姿に出くわしたことがあるでしょう。実は中北さん、ものを書くプロです。町屋塾のお茶室の掛け軸について書いてくださいましたので読んでみてください。



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初めて町屋塾の茶室「古志庵」を訪れた時の不思議な感覚は、今も鮮明に覚えています。


8年前の初冬。

ちょうど母からたくさんの着物を譲り受けた私は、どうせならちゃんとこの着物たちを着て、堂々とお出かけできるようになりたいと考えていました。

そんな折、ご縁あって町屋塾で茶の湯の教室を主宰する吉村宗志先生のお茶会に参加することにしたのです。

茶室に入るのは、人生で2度めか3度めくらいのことだったと思います。


この日の客は12名ほど。私と同じく、お茶席は初めてという人も半数以上参加していて、12月の茶室はピンと張りつめた心地よい緊張感に満ちていました。


先生の誘導に従って、まだ着慣れない着物の裾を気にしながら、

「畳は半畳を3歩…1,2,3…1,2,3」

と、心の中で唱え、すり足で歩を進め床の前に着座。

手をついて掛け軸に対して一礼後、顔をあげて拝見します。

そこには、こんな言葉が書かれていました。


「飛仁風以樹恵」


流麗な筆の軌跡が生む崩し字は、もちろん心得のない私には解読不能です。

それなのに。

かろうじて判読できる「仁」と「風」に目が留まり、その時ふいに「人を思いやる心が花びらのように、風に乗って自由に飛んでいく」風景が浮かんできたのです。

畳に手をついて、掛け軸に向かい合ったほんの数秒、この字たちがぶわっと膨らんで、こちらに何かを語りかけてきたような気がしたのです。


その瞬間はすぐに過ぎ去って、そんなことがあったことさえ忘れたように、私は先生に言われるまま床に活けたお花を拝見してから一礼します。膝を繰って立ち上がり点前畳で釜と棚を拝見してから客座に着きます。


こうして全員が席に着き、お点前が始まる前に亭主役の先生がご挨拶をします。

正客とのやり取りの中で、お軸についても説明がされます。


「仁風を飛ばし以て恵を樹(た)つ。思いやりの心を与えれば、恵みが返ってくる。というような意味ですね」


無意識の中にしまい込んでいた自分なりの解釈が再び意識の上に浮かび、先ほど一瞬心をよぎった印象はさほど間違ってなかったんだなあと、ちょっと嬉しく思いました。

茶の湯なんてまったくかすりもせずにこれまで生きてきたけど、もしかしたらお茶って、着物の立ち居振る舞いを学ぶだけでなく、もっと深いところで道標みたいなものを与えてくれるのかもしれないと、このとき漠然と予感したのでした。


お茶、習ってみようかな。


着物がきっかけで興味を持った茶の湯。

私に着物を遺して半年後に亡くなった母が、私をこの茶室に連れてきてくれたのかもしれない…と、少しだけ感傷に浸ったり。


8年前の初冬のある日。

たまたま参加した「町屋塾茶会」は、今にして思えば、確かに人生のターニングポイントだったのでしょう。



2階龍の間(茶室古志庵)



3月茶会にて 中北久美子


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